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部活

放課後の家庭科室に来ると、ゾンビはいつも、僕より先に来ている。僕が来るとゾンビは「歩」の駒を磨き始めているので、僕よりいつも、ほんの少し早く来ているようだ。力の弱い部活だと、放課後の空き教室が活動の場として割り振りられる。先輩達がやってくる前に磨き上げておかなければならないので、ある程度ゾンビが駒磨きを進めてくれるのは、有難い。小学校の運動会を表したフリー素材のイラストのような晴天の日に、室内で将棋の駒を磨き続けるのは、いやだなあと思う。黙々と、粛々と、ゾンビと二人で、磨き続ける。ゾンビの額は、土色の粘度のある液体で湿っている。汗をかいている。外からは、吹奏楽部がなんかの課題曲を練習している。なんかの大会のなんかの課題曲。金管楽器の音がたまに止んでも、メトロノームは規則的に鳴り続ける。ゾンビが鼻歌を歌いだした。僕に聞こえるか聞こえないかの音量。そういえば、中学時代吹奏楽部だったと耳にした気がする。真面目なゾンビが、ふとみせるハニカミ場面。恋するハニカミ久本雅美がワイプで口を縦に開けて、興奮している。
「ゾンビはなんで将棋部に入ったの?吹奏楽じゃなくて。」
会話の空白を埋めるためだけの投げかけは失礼になる。そういった関係から離れた二人なので、純粋な疑問が僕の口から出たきた。
ヒカルの碁、知ってます?ヒカルの碁、読んだことあります?過去の棋譜を読み、過去の棋士と会話し、自分の一手で、未来の棋士に語りかけたいと思ったんです。過去と未来を繋げるために存在したいと思ったんです。」
真面目なゾンビは、いつだって真面目だった。その真面目が、ゾンビという種族に由来するのか、家庭環境で獲得したものなのかは知らない。これまで内在していたゾンビに対する偏見は、モノホンのゾンビと出会い溶けてきた。真面目なゾンビ。陰気なブラジル人。ダウンタウンに興味のない尼崎民。
「それならさ、将棋部じゃなくて囲碁部に入ればよかったんじゃないかな。」
「あっ」
同じ教室の黒板側で活動している囲碁部がゾンビのちょっこし大きな驚きの声に反応し、チラッとこっちを見てきた。そして、何事もなかったようにまた碁石を磨き始めた。どうやらあっちも一年生のようだ。あと数十分もしたら、将棋の駒と囲碁の駒のバチッという音で室内は充満する。